アキバの惨劇

秋葉原である若者がトラックで数人、その後ナイフで無差別に数人を切りつけて殺傷したというニュース。殺傷された人たちに対してなんという言葉をかけてよいか分からない事件で、仮に自分がその時間に秋葉原にいたら同様に巻き込まれた可能性があると思うと背筋が凍る事件だが、このような社会の暗黙の前提を覆すような事件に対して、我々はいったいどのように対抗したらよいのだろうか。

そもそも、社会を構成する全員が「他人は殺さないこと」「他人のものは盗まないこと」といった基本的な社会ルールを認識しており、社会の中で生きていくために、それらを当然のものとして守っている。これらのルールを破る人は、ルールを破るという意識のない責任無能力者か、衝動的にルールを破る衝動犯か、破ると確信してルールを破る確信犯の3種類に分類できると思うのだが、今回は明らかに確信犯。確信犯に対して社会は無力である。いくら厳格な刑罰を予定したところで、彼らにとってそんな刑罰は意味がないのだから、彼らの確信的な行為は防ぎようがない。無差別テロもこの類型に含まれるが、このような確信的な犯罪は社会の脅威である。

確信犯をいかに社会全体で減らしていくかをどう考えるかということも重要なのだが、地道な教育しか対策は考えられず、即効性や網羅性の観点からは決して万全な対策ではない。つらつらとこのようなことを考えると、究極的には絶えず周囲に目を配って自衛するしかないのだろうか。見た目は普通の若者がいきなり人を殺傷する可能性を考えて人ごみを歩かなければならないのかと思うと、絶えずそんな目配りをするのは不可能だし、天災と同様、社会に生きる上で甘受しなければならないリスクとして捉えなければいけないのだろうか。